原爆はどうしてつくられたのか
NHKの番組「「悪魔の兵器はこうして誕生した」が放映されました。
一年前の話しです。
その内容を基に原子爆弾について整理しようと思いました(2018年9月頃)が、一年も経ってしまいました。
毎日は忙しいし、このままではボツになってしまうので中途半端ですがblogに載せることにしました。
建築とは無関係の話しです。
(中途半端なのですっ飛ばしてください。)
#
・ レオ・シラードというユダヤ人科学者がドイツにいた。
・ 彼は幸運にも、ナチスに捕らえられる寸前にアメリカに亡命することができた。
レオ・シラード(1960年・62歳頃の写真)
wikipediaより
・ 彼はドイツからアメリカに亡命した後、ドイツで核分裂実験が成功したと知った。
・ 原子核が2つに分裂するとき力が生み出されること。
・ 彼は原子核の分裂を連鎖させることが可能になると理解。
・ 恐るべき爆弾が完成するに違いないと、思い始める。
・ 彼はユダヤ人だったから、個人的にヒトラー政権への恐怖心が強かった。
・ 彼(シラード)は、ヒトラーが核兵器をつくり出すと確信した。
・ ドイツには天才科学者ヴェルナー・ハイゼンベルグ(31歳でノーベル賞)がいたからだ。
・ シラードはヒトラーが核兵器を手にし、世界を支配することを恐れた。
・ ヒトラーよりも先にアメリカが核兵器をつくらねば危ない。、
・ シラードはアメリカ大統領(ルーズベルト)に手紙を書いた。
・ だが、シラードは無名だったため・・・。
・ 意見は聞き入れられなかった。
・ 第二次世界大戦が勃発。(1939年9月)
・ シラードはドイツでの恩師、アインシュタインを頼ることにする。
・ アインシュタインの名前で核兵器の必要性を訴えた。(1939年10月)
・ (別資料によるとアインシュタインはシラードに賛同すべきか2週間考え抜いたそうだ。)
・ アメリカ政府はアインシュタインの意向を聞き、初めて核兵器に興味を示す。
アルバート・アインシュタイン(1921年42歳の写真)
wikipediaより著作権無し画像
・ そのときの大統領科学顧問はヴァネーヴァー・ブッシュ。
・ 科学顧問ブッシュが核兵器に興味を示したのだ。
ヴァネーヴァー・ブッシュ(大統領科学顧問)
wikipediaより著作権なし画像
・ そもそも政治家は物理学が分からない。
・ 焼夷弾や火炎放射器を戦争に持ち込み、それが勝利につながることなど・・・
・ 政治家は分からなかった。
・ 科学顧問ブッシュがいたから、新兵器(焼夷弾・火炎放射器)が導入できた。
・ そのため科学顧問ブッシュは大統領からの信頼が厚くなり、ドンにのし上がっていった。
・ 科学顧問ブッシュは次のように考えた。
・ 科学は病気を治し、生活水準を向上させているのに、国からの資金援助が少ない。
・ 科学者の地位は低すぎる。
・ 戦争にもっと貢献し科学者の地位向上を図らなければならない。
・ もし科学者のつくった兵器で国の安全を守ることができるのならば・・・
・ この先、研究資金に困ることはない・・・と科学顧問ブッシュは考え始めた。
・ 科学顧問ブッシュはルーズベルト大統領に次のように進言した。
・ 核兵器の威力は既存爆弾の何千倍も大きい。
・ 核兵器により戦争の勝利はアメリが側が決定的に有利になるだろう。
フランクリン・ルーズベルト(アメリカ32代大統領)
同上
・ ルーズベルト大統領はこれに応じOKと言う。
・ 開発は秘密裏に行われた。
・ 開発名はマンハッタン計画。(1942年)
・ 開発の実務はオッペンハイマーが担当。
ロバート・オッペンハイマー(1944年・40歳頃の写真)
同上
・ オッペンハイマーを人選したのは陸軍の将軍、レスリー・グローブス。
・ 当時のオッペンハイマーは優秀だったのにも関わらずノーベル賞に後れをとっていた。
・ そのためオッペンハイマーはどうしても核兵器開発で「名をはせる必要」があり、原爆製造研究所の所長になりたかった。
・ 国立の研究所はロスアラモスに完成。(1943年4月)
・ この町は原爆研究のためにつくられた新規の、特別な町だった。
・ 延べ300人、平均年齢29才の優秀な科学者がこの町に集められた。
・ 最高の人材、十分な環境が国によって用意された。
・ 核兵器開発はあまりにも新しく、若い科学者たちには魅力的だった。
・ 皆が歴史を変える開発だと意気込んでいた。
・ この町で有名な科学者と出会えるチャンスも多かった。
・ ところがこの頃、陸軍の使途不明金が明らかになり始めた。(1943年)
・ マンハッタン計画は秘密裏に行われていたので、その費用に疑問が生まれたのだ。
・ 原爆開発はアメリカ国民に知らされていなかったからだ。
・ 追求したのは軍事費の無駄を追及していたハリー・トルーマン。
・ (しかし、なんとその彼が次のアメリカ大統領になったのだが・・・。)
・ 科学顧問ブッシュもルーズベルト大統領も追及が起き始め、困り出す。
・ 国民には知らされていない原子爆弾の開発。
・ なんとか戦争中に原爆開発を成功させねば責任を問われてしまう。
・ 開発の後戻りはできないと考えたのだ。
・ 開発費は無駄ではなかったと示したい。
・ そのためには実験ではなく現実に投下することに意味がある。
・ 投下すれば国民の理解を得られ、自分たちの責任も問われない。
・ (科学顧問ブッシュが主導したと思われる。)
・ マンハッタン計画は黙認、続行されることとなった。
ハリー・トルーマン(アメリカ33代大統領)
任期:1945年4月12日~1953年1月20日)
同上
#
ここまでが一年間かかった私の整理です。
で、このあとは・・・どうなるかというと。
・ 延べ300人の科学者にも原子爆弾の開発に疑問が起きた。
・ あまりにもその爆弾の威力が大き過ぎる。
・ 人として問題が残る。。。
・ しかし所長のオッペンハイマーは原爆の意義を訴え科学者たちを説得。
・ 説得は成功した。
・ (NHKの番組では当時・・・現代のスノーデンがいなかったと言っています。)
・ ドイツは戦争に負ける。
・ ドイツが原爆をつくり出す可能性がなくなる。
・ そのことを受け、いちばん初めに原爆をつくり出すべきだと訴えたレオ・シラードは・・・
・ 原子爆弾の開発に反対するようになった。
・ だがもう遅かった。
・ 原爆の開発は止められない状況になってしまい、広島と長崎に投下された。
#
こんなことって身近にもあります。
私の場合だと重要な欠陥を現場で見逃してしまった場合。
ただちに現場を止め、つくったものを壊し元に戻し、やり直すようなこと。。。
速ければ速いほど・・・中止できる成功率が高い。
一年前の話しです。
その内容を基に原子爆弾について整理しようと思いました(2018年9月頃)が、一年も経ってしまいました。
毎日は忙しいし、このままではボツになってしまうので中途半端ですがblogに載せることにしました。
建築とは無関係の話しです。
(中途半端なのですっ飛ばしてください。)
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・ レオ・シラードというユダヤ人科学者がドイツにいた。
・ 彼は幸運にも、ナチスに捕らえられる寸前にアメリカに亡命することができた。
レオ・シラード(1960年・62歳頃の写真)
wikipediaより
・ 彼はドイツからアメリカに亡命した後、ドイツで核分裂実験が成功したと知った。
・ 原子核が2つに分裂するとき力が生み出されること。
・ 彼は原子核の分裂を連鎖させることが可能になると理解。
・ 恐るべき爆弾が完成するに違いないと、思い始める。
・ 彼はユダヤ人だったから、個人的にヒトラー政権への恐怖心が強かった。
・ 彼(シラード)は、ヒトラーが核兵器をつくり出すと確信した。
・ ドイツには天才科学者ヴェルナー・ハイゼンベルグ(31歳でノーベル賞)がいたからだ。
・ シラードはヒトラーが核兵器を手にし、世界を支配することを恐れた。
・ ヒトラーよりも先にアメリカが核兵器をつくらねば危ない。、
・ シラードはアメリカ大統領(ルーズベルト)に手紙を書いた。
・ だが、シラードは無名だったため・・・。
・ 意見は聞き入れられなかった。
・ 第二次世界大戦が勃発。(1939年9月)
・ シラードはドイツでの恩師、アインシュタインを頼ることにする。
・ アインシュタインの名前で核兵器の必要性を訴えた。(1939年10月)
・ (別資料によるとアインシュタインはシラードに賛同すべきか2週間考え抜いたそうだ。)
・ アメリカ政府はアインシュタインの意向を聞き、初めて核兵器に興味を示す。
アルバート・アインシュタイン(1921年42歳の写真)
wikipediaより著作権無し画像
・ そのときの大統領科学顧問はヴァネーヴァー・ブッシュ。
・ 科学顧問ブッシュが核兵器に興味を示したのだ。
ヴァネーヴァー・ブッシュ(大統領科学顧問)
wikipediaより著作権なし画像
・ そもそも政治家は物理学が分からない。
・ 焼夷弾や火炎放射器を戦争に持ち込み、それが勝利につながることなど・・・
・ 政治家は分からなかった。
・ 科学顧問ブッシュがいたから、新兵器(焼夷弾・火炎放射器)が導入できた。
・ そのため科学顧問ブッシュは大統領からの信頼が厚くなり、ドンにのし上がっていった。
・ 科学顧問ブッシュは次のように考えた。
・ 科学は病気を治し、生活水準を向上させているのに、国からの資金援助が少ない。
・ 科学者の地位は低すぎる。
・ 戦争にもっと貢献し科学者の地位向上を図らなければならない。
・ もし科学者のつくった兵器で国の安全を守ることができるのならば・・・
・ この先、研究資金に困ることはない・・・と科学顧問ブッシュは考え始めた。
・ 科学顧問ブッシュはルーズベルト大統領に次のように進言した。
・ 核兵器の威力は既存爆弾の何千倍も大きい。
・ 核兵器により戦争の勝利はアメリが側が決定的に有利になるだろう。
フランクリン・ルーズベルト(アメリカ32代大統領)
同上
・ ルーズベルト大統領はこれに応じOKと言う。
・ 開発は秘密裏に行われた。
・ 開発名はマンハッタン計画。(1942年)
・ 開発の実務はオッペンハイマーが担当。
ロバート・オッペンハイマー(1944年・40歳頃の写真)
同上
・ オッペンハイマーを人選したのは陸軍の将軍、レスリー・グローブス。
・ 当時のオッペンハイマーは優秀だったのにも関わらずノーベル賞に後れをとっていた。
・ そのためオッペンハイマーはどうしても核兵器開発で「名をはせる必要」があり、原爆製造研究所の所長になりたかった。
・ 国立の研究所はロスアラモスに完成。(1943年4月)
・ この町は原爆研究のためにつくられた新規の、特別な町だった。
・ 延べ300人、平均年齢29才の優秀な科学者がこの町に集められた。
・ 最高の人材、十分な環境が国によって用意された。
・ 核兵器開発はあまりにも新しく、若い科学者たちには魅力的だった。
・ 皆が歴史を変える開発だと意気込んでいた。
・ この町で有名な科学者と出会えるチャンスも多かった。
・ ところがこの頃、陸軍の使途不明金が明らかになり始めた。(1943年)
・ マンハッタン計画は秘密裏に行われていたので、その費用に疑問が生まれたのだ。
・ 原爆開発はアメリカ国民に知らされていなかったからだ。
・ 追求したのは軍事費の無駄を追及していたハリー・トルーマン。
・ (しかし、なんとその彼が次のアメリカ大統領になったのだが・・・。)
・ 科学顧問ブッシュもルーズベルト大統領も追及が起き始め、困り出す。
・ 国民には知らされていない原子爆弾の開発。
・ なんとか戦争中に原爆開発を成功させねば責任を問われてしまう。
・ 開発の後戻りはできないと考えたのだ。
・ 開発費は無駄ではなかったと示したい。
・ そのためには実験ではなく現実に投下することに意味がある。
・ 投下すれば国民の理解を得られ、自分たちの責任も問われない。
・ (科学顧問ブッシュが主導したと思われる。)
・ マンハッタン計画は黙認、続行されることとなった。
ハリー・トルーマン(アメリカ33代大統領)
任期:1945年4月12日~1953年1月20日)
同上
#
ここまでが一年間かかった私の整理です。
で、このあとは・・・どうなるかというと。
・ 延べ300人の科学者にも原子爆弾の開発に疑問が起きた。
・ あまりにもその爆弾の威力が大き過ぎる。
・ 人として問題が残る。。。
・ しかし所長のオッペンハイマーは原爆の意義を訴え科学者たちを説得。
・ 説得は成功した。
・ (NHKの番組では当時・・・現代のスノーデンがいなかったと言っています。)
・ ドイツは戦争に負ける。
・ ドイツが原爆をつくり出す可能性がなくなる。
・ そのことを受け、いちばん初めに原爆をつくり出すべきだと訴えたレオ・シラードは・・・
・ 原子爆弾の開発に反対するようになった。
・ だがもう遅かった。
・ 原爆の開発は止められない状況になってしまい、広島と長崎に投下された。
#
こんなことって身近にもあります。
私の場合だと重要な欠陥を現場で見逃してしまった場合。
ただちに現場を止め、つくったものを壊し元に戻し、やり直すようなこと。。。
速ければ速いほど・・・中止できる成功率が高い。







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