違反建築の理由

 
 違反建築が無くなりません。
 無くならないのは・・・それは私たちの間に少しくらいの違反なら、それはそれでいいのでは?・・・阿吽(あうん)の呼吸を許す体質があるのだと思います。

 例えば15年前。
 駐車違反を行ったら、有力者とか議員を通じて警察官に頼み込めば、違反をもみ消してもらえるという時代がありました。
 何かの際には、自分も駐車違反くらいはしそうだから、他人がもみ消し行為をやっているのを知ったとしても、まわりの空気を読みこんで・・・、(自分だっていつそうなるかも知れないと)もみ消し行為を見過ごしてきたと思います。

 今はそういうことが警察では減ったらしい。
 逆に、もみ消しを行うと・・・もみ消した議員や警察官本人が逮捕される時代ですから・・・警察は一歩進んだのだと感じます。

 ところが建築行政はそうなっていません。
 明確に言えることは・・・今の建築行政は建前として、書類審査だけが滅茶苦茶に厳しくなったと思います。書類を厳しく取り締まって、行政は違反建築撲滅に懸命であるかのように見せかけています。
 しかし、入口が厳しくなっただけで、出口はスカスカなんです。

 いちばん可笑しいのは、違反建築を建てた場合でも、行政の竣工検査を受けなくても家は建つし、住むことができるという点です。
 なぜそうなるのかというと・・・「行政が最終検査をしない」ので違反建築が建つのです。

 なぜ、行政は最終検査を制度上にしっかり取り入れないのか?(今は申し出のある住宅の最終検査に応じるだけ。)
 違反建築を無くそうと本当に思っていないからだとしか思えません。
 また例えば、違反建築を2回建てたら、それは前科一犯だと決め、罪人として牢屋に入れたら・・・違反は極端に減るのだろうと思います。

 行政は瑕疵担保履行法や品質管理法など、この10年間にいろいろ取り組みましたが、すべてが本質をついているのものではなく、わざと「脇道にそれた法律をつくって」逆に違反建築を守っているかのような実態です。

 違反建築の実行者が前科一犯に問われるのだとしたら、設計者たちは違反はやりません。
 お客様に強要されても前科一犯になるのは嫌だと、断ることができるのです。
 今は、行政がゆるいので、・・・違反を行わない(違反が嫌だという)設計者は「融通の利かない設計者」だったり、「勇気のない設計者」とみなされるので・・・奇妙な人間模様が働くのです。

 #

 どうして今日はこのようなblogを書いたのかというと、TV放送大学で「住まいの失敗」という講座を放映していました。 
 日本の違反建築に関する行政行為は「しっかり確立されている」・・・、なんと!そう言っていたのです。
 しかも、建築に携わる者の、違反建築行為は一人一人の心の問題である、のだそうです。
 放送大学は公共番組だからそう言わざるを得ないのかもしれません。だが、実態を知っている僕としては・・・違うと思っています。

 違反建築は人の心の問題ではありません。行政の悪さを個人の問題にすり替えているのだと思います。
 行政がまっとうなら、日本の風景はもっと美しくなっていたはずなのです。

 僕は本当に思っています・・・・あなたの街は美しいのでしょうか。
 それは個人の問題なのか、行政の問題なのか・・・ってことです。

"違反建築の理由" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント

プロフィール